突然ですが、私の旦那様はドラゴンです。
とっても高貴な一族らしく、種を永遠に守るために私の家のご先祖様と契約したらしくて
我々と結婚して子供を残すなら相手は長い寿命を与えられるとのこと。
近親相姦を避けるために普通に人間と結婚する人もいる。私の従兄弟は皆、普通の人間と結婚した。
なのになんで私はドラゴン(らしい)男と結婚したのかしら。
とベッドの中で唐突に思いだした朝。

ぽっかりと開いた隣のスペースにごろん、と転がって天井を見上げる。
隣で寝ていただろう彼の体温はもうなくて、シーツは冷たくなっていた。
15のときに婚約して(マイクロフトは20くらいだった?もっと歳をとってたかもしれないし、もっと若かったかも)
あっというまに結婚した。勿論、私は彼を好きになったし、彼は私を大切にしてくれたから
けど、旦那様は現在進行形でベッドの上どころか屋敷の中にもいない。
今は朝の8時。ちょっと遅いかもしれないけど、けれどそんなに朝早く行くような役職でもないのに。
どっちかと言えば昼に行って数枚の書類にサインして帰ってきても誰も困らないし怒らないような役職についてるのに。
多分、私に言ってないことが沢山あるのね。

なんせマイクロフトは英国政府を支えてる人。と噂されてる人。
私にもあまりよくわからないわ。知ってる人は、知ってるってやつ。
メディアには一切名前は出ない。影の実力者?ドラマだったら最終回で撃たれてるわね。

そうそう。ドラゴンらしいって言ったのは、一度もそんな姿を見たことがないから。
一度、見せて、って言ったらすごく遠まわしに断られちゃった。
『そんなはしたない真似はそうそうしないんだよ』だって。
弟のシャーロックに頼んだらすんなり見せてくれたけど。
確かに、小説の中に出てくるドラゴン。
これ以上美しい生き物を見たことはないわ、って言ったらシャーロックは喜んでた。
最近、やっと飼い主・・・・・・じゃなくて彼女ができたらしくてもう数カ月会ってない。

マイクロフトは私が眠ってから帰ってきて(大体が日付を大分と越えた時間)
私が起きる前に家を出る(なんでそんなに早起きなの。)
私は、ちょっとでも彼としゃべりたいから頑張るんだけど、全然駄目。
夜中の12時が限界。最初は待ってたけど、でもベッドで目覚めて、悲しくなるから待つのはやめた。
だってソファからベッドに移動してるってことは彼が移動させたってことで、
なんで起きなかったの、って思うから。
朝は駄目。すっごく弱いから。こればっかりは体質だからどうしようもない。

で。旦那様となかなか会話できない毎日を過ごしている訳ですが、
最近になってちょっとした変化に気付いた。
なんか、こう紫の霧みたいなのが屋敷のいたるところで漂ってるのが見える、のよね。
書斎とか、彼のクローゼットの辺りとか、このベッドルームとか。
多分、彼が移動したところに足跡みたいに残ってる。
最初はただの光の反射かな?って程度だけど日に日に濃くなっていく。
ただ、色がだんだん、濃くなっていって、濃い紫になった次の日は、朝目覚めるとマイクロフトが隣で寝てる。
絶対。これは絶対。寝てるっていうより、起きて私の寝顔を見てる。
すごくやめて欲しいけど、あまり会えない彼が、シルクのパジャマのまま、
起きぬけでベッドの中にいるって事実が嬉しい気持ちが勝って
結局、やめてくださいって言えずにいる。

なんでこんなことを言い出したかって言うと、まあ思いだしたっていうのもあるけど
今日はベッドルームに濃い紫の霧が立ち込めてる。まるで香水みたい。
朝日に当たってきらきら光る。これもやっぱりドラゴンのなにかなの?
明日の朝はマイクロフトがいると思うと、嬉しくって。
今日の夜は帰ってくるの絶対待つ!
なんて意気込みながらそろそろ起きるか、と立ち上がった。

+++

夜。一人の夕食も済ませて、見ていた映画も終わってしまった。
本当なら、今日は一緒に夕食をとれるはずだったのに、
急に仕事が入って帰れなくなったって電話があった。
せっかく久しぶりに手料理作ったのに、一人分は冷蔵庫の中へ。
時計は、まだ12時前。今日は映画を見ていたから目がさえてる。
この調子なら起きてられるかもしれない。読みかけてた本を開いて、文字を追う。
ガタガタと強い風が窓をたたく。メイドも執事さんも先に寝ていいと伝えたから

屋敷は風の叩く音だけが響いてる。
私が一人で過ごすには広すぎる屋敷。メイドも執事も綺麗なドレスも綺麗な絵画もいらないから、
マイクロフトが毎日早くに帰ってくればいいのに
                

ぎぃ


玄関の方でドアの軋む音がした。びくっと心臓が大きくなった。
そっと扉の隙間から覗いてみたら、マイクロフトがいつもの傘を片手に立っている、

「おかえりなさい!」
・・?起きてたのかい。」

肩にかけていたカーディガンに腕を通してマイクロフトの元へ。
鞄とコートを受け取る

「夕食、すまなかったね。次はレストランを予約しておくよ」
「ええ、せっかくの手料理がさめちゃったわ。」
「・・・・・・・・君が作ったのか?」
「なに驚いてるのよ、料理するわよ?マイクロフトが帰って来ないときは、結構一人で作ってるんだから」
「メイドがいるだろう?」
「ええ、メイド何人かと、使用人の人たちの夜食とか一緒に作ってるの。料理、嫌いじゃないから」
「・・・・・・・・・・・・・つまり、私が食べ損ねた君の手料理を、この屋敷の使用人は食べてるってことかい?」
「旦那様が早く帰ってきてくれたら食べられるのにね。」
「・・・・・・・・・次は、必ず。」
「貴方に、絶対なんてないわよ。」

ゆらゆらと歩きながら私室へ向かう。
ふとマイクロフトがついてきてないことに気づいて振り返る。

「・・・・・・すまない。」
「珍しいね、謝るなんて」

それでも動こうとしない彼に近づく。
近づいて気付く。やっぱり紫色の霧が彼の周りを囲むように円を描いて漂ってる。

「きっと、破る約束の方が多いだろうが、約束はしておきたい。じゃないと私は」
「今日はすっごく素直なのね。やめて頂戴。怒ってないわよ?
『分かってるわ、無理しないで』なんていい奥さんのフリなんかできないから。謝らないで。」

でも、と口を開こうとしたから上質なネクタイを引っ張って薄い唇に噛みついた。
全く、兄弟そろって身長が高いのも問題あるわ。
リップ音のあと、ゆっくりと離れて、吐息を感じる距離で呟く

「おかえりなさい、マイクロフト。」
「・・・・・・・・・・ああ、ただいま。」
「結婚してから、久しぶりに直接言えたわ。」
「ああ、久しぶりに聞いた。」
「・・・・・今日は一緒にベッドに入れそうね。」

もう一度キスしようとしたら良いタイミングというか、お約束というか。
携帯の無機質な音が至近距離から聞こえた。
マイクロフトの額に深く深く皺が寄る。
霧が、一層濃くなった。

「・・・・・・・・・・・すまない。」
「ベッドルームでお待ちしてるわ。早めに来て下さらないと、また一人で眠ることになりそうよ」

私はコートと鞄を持って、私室へ急ぐ。
彼は携帯の画面を見て、小さくため息をついた。
本当に、疲れているのね。

+++

ベッドに入ってさっきの本を開ける。
マイクロフトは上がって来ない、どうせ談話室で仕事の話をしてるんだろう。
瞼が降りてきそうになって、また上げてを何度繰り返したのか。
眠っちゃだめ、眠っちゃ駄目って言い聞かせるけどやっぱり、私は眠ってしまったみたいで
まぁ。お帰りも言えたし、キスもできたしいつもよりずっと夫婦らしいことしたから、
いいか。なんて心のどっかで思っていたのも手伝って
マイクロフトがベッドに入ってくる前に眠ってしまったみたい。
それからどのくらい時間が経ったのか、分からないけれど、
眠っていた意識を引き戻すかのような感覚が首筋に走った。

「んっ・・・・いたい・・・・・・」

耳元でちゅ、と小さな音がした。
首筋が痛い。なに?暗闇の中、手さぐりで触ってみる。
何かに噛まれたみたい。
瞳が暗さになれなくて、ベッドにいるかどうか分からないマイクロフトを探す

「んんっ」

振り返ろうとしたら案外近くに彼がいたことが分かった。
キスされて彼の首に手を回す。
酸欠になりそうになって、目が冴えてきた
だけど、彼は離してくれない。胸を結構な強さで叩いて講義する

「マイクロフト!」
「うん?」
「酸欠にして殺す気!?」
「すまない、我慢できなくて」
「・・・・が、・・・・まんって貴方からそんな言葉聞くとは思ってなかった。」

未だに目はなれない。けれどうっすらと輪郭が見えてきている。
彼の頭が近づいてきて、また首筋に生暖かい感覚。

「ちょっとまって・・・!」

がり、痛いような、なんていったらいいのか
むずがゆい感覚が広がる。ただのキスじゃない。

「いたいって・・・!」
「うん、」
「うんじゃなくて!」
「すこし黙りなさい、。」

黙りなさいって言ったってガリガリ人の首噛んでる旦那に言われても。
えい、と体を起こすと彼もしぶしぶ起きあがった。

「こういう雰囲気のときに言うのもなんですが、ガリガリ首を噛むのはやめてください」
「・・・・・・・・・」
「なんなのよ!ドラゴン特有のなんかなの?食べたいの?
ちょっとやめて人を食べるってのは婚約するときに聞いてないよ!
「君の言う、ドラゴン特有のものだよ。その通りだ。」
「なんで?」
「愛情表現だ。触れたい触れたいと思っていたところに、いつも先に寝てる愛する妻が、起きて待っていてくれて
久しぶりにキスして、触れて我慢できる訳がないだろう。我々は人間のようにいつもそういう気分になるわけじゃないが
周期的にはやってくるもんなんだよ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・紫色の霧って関係ある?」
「紫?ああ、多分ね。私の魔力みたいなものだよ、人間の言葉で表現するのは難しいがね。」
「・・・なるほど。」
「分かったら、本当に黙りなさい。弟より自制心はあるつもりだが、私は人間じゃない。そう長くはもたない」

ずるり、と本当にベッドの中に引きずり込まれて、今度こそ暗闇に慣れた瞳が彼を捕まえた。
いつもは優しく光ってる瞳が、獣見たいな瞳の中にアメジスト色が光ってる。
ドラゴンなんて、分かってたけど彼からは全く感じないものだから忘れていたけれど
彼は、やっぱり人じゃない。どちらかと言えば動物に近い。なんて言うと怒るかも知れないけど。
それでも、明日の朝まで彼がいるって思うと強くでれないのは、やっぱり惚れた弱みってやつだろうか。